海・用・陸の“道”の変遷 貴重な資料がズラリ 近代熊野の交通発達史

 近代における熊野地方の交通史にスポットを当てた、尾鷲市の熊野古道センターによる特別展示室企画展「画像資料に見る近代熊野地方の交通発達史~海の道、川の道、陸の道~」が現在、同センター研究収蔵棟特別展示室で開かれている。入場無料で7月12日(日)まで。期間中無休で開場時間は午前10時から午後5時。

 熊野学研究委員会の中瀬古友夫委員長が収集した、絵葉書や地図などの実物資料の展示と共に、近代の熊野地方で発達していった海の道、川の道、陸の道について紹介。熊野川沿いで発達した水上交通では三反帆から大正~昭和後期のプロペラ船、その後のジェット船への移り変わりと合わせ、川を利用した木材の運搬方法「筏流し」も含めてこの地方の産業との関りも解説している。

 また、海の道では昭和元年に最新鋭のディーゼル船として就航した「那智丸」「牟婁丸」、海岸沿いで活躍した巡航船、豪華フェリー「さんふらわあ」などの解説パネルを展示。合わせて江戸の南東海之図、昭和の絵地図など、古くから海路が重要な移動・運送手段であったことを示す史料も並べた。

 さらに、陸の道としては大正2年に木材運搬を目的として勝浦~新宮間に開通し、観光や通学、商用にも利用された新宮鐡道、昭和15年に和歌山から紀伊木本(現熊野市)まで開通した紀勢西線、戦争によって幾度となく中断されながら昭和34年に開通し、悲願の紀勢本線全通となった尾鷲~紀伊木本間などを紹介。昭和10年開通した三重と和歌山を結ぶ旧熊野大橋など、自動車用道路の整備と合わせた観光バスの往来にも触れ、昭和30年代に賑わいを見せた鬼ヶ城ヘルスセンターのパンフレット、紀勢本線全通を記念した準急行券、獅子岩周辺の宿泊所パンフレット、尾鷲駅で販売された駅弁の包み紙など、貴重な品々も多数展示されている。

 「紀伊半島沿岸は、江戸中期から大坂と江戸の間を往復する廻船による海上輸送が活発化し、熊野川沿いでは水上交通の発達が目覚ましく、熊野川河口の両岸には運ばれた木材を集積する大規模な水面貯木場があり、周辺には製材工場が多数建設されました。また、悲願の紀勢本線全通や自動車用道路の整備も進められ、戦後の高度成長期には全国から観光バスが熊野地方を訪れるようになりました。そんな地域の交通発達史について理解を深める場となれば。ぜひご覧ください」と呼びかけている。

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