野球の普及・発展に尽力 谷口和也さん(木本町)に育成功労賞 高野連が表彰尾鷲、紀南などで監督努める

 日本高校野球連盟と朝日新聞社が高校野球の育成と発展に尽くされた指導者を表彰する「育成功労賞」の受賞者49人がこのほど決まり、三重県からは尾鷲高校の監督などを務めた熊野市木本町の谷口和也さん(66)が選ばれた。表彰式は3日に行われた夏の選手権三重大会開会式前にあり、谷口さんに表彰状が手渡された。

 谷口さんは熊野市出身で、木本中、木本高と内野手として活躍。進学した中京大では学生コーチを務めた。「大学時代は指導者になりたいとの思いもあり、誰もなり手が無かったので学生コーチになりました。4年間で試合前のノッカーやランナーコーチを務め、大学選手権にも出た。愛知リーグ優勝時には監督の次か主将の次に胴上げしてもらい、信頼してもらえていたのかな」と指導者としての第一歩を振り返った。

 1982年に教諭となって赴任した菰野では初年度に部長を務め、翌年から2年間は監督に。1986年からは尾鷲と紀南で監督や部長を務め、牟婁地区常任理事も務めるなど2011年に早期退職するまで牟婁地区で野球の普及・発展に力を尽くした。

 この間には1991年夏の三重大会で4強に進出した。3年生は3人しかいなかったが、尾鷲中で全国準優勝を勝ちとった2年生を中心に力のある選手が揃い、2回戦で四日市南に12―2、3回戦で四日市に4―3、4回戦で宮川に8―1で勝利。その勢いのまま準々決勝も桑名西に4―0で勝ち、準決勝では当時プロ注目の好投手を擁する四日市工に0―6で敗れたが、快進撃で尾鷲の町を沸かせた。「この年以外にも力のある選手は多かった。とにかく、少しでも地元に残って野球をしてほしかった。我々県立高校では勧誘が難しい。結果を出すことで『地元でもやれるんだ』ということを知ってもらいたかった」と振り返る。

 現在も野球への恩返しとして、くまのベースボールフェスタの理事などに協力。表彰を受け「子どもたちが一生懸命なので、こちらも応えてきた結果であり、このような賞を受けるのはおこがましい。でも、表彰を知った教え子らから連絡をもらい、昔話で当時を思い出すなどする機会をもらえて良かった」と笑顔を浮かべた。

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