加田氏(井戸)に瑞宝単光章 内閣府が発令危険業務従事者叙勲

 内閣府は4月29日付で、長年にわたり警察官や自衛官など危険な業務に従事した人を讃える「第46回危険業務従事者叙勲」を発令する。熊野市・南牟婁郡からは熊野市井戸町の元熊野市消防司令長、加田好夫さん(76)が消防功労で瑞宝単光章に輝いた。加田さんの経歴や喜びの声を紹介する。

 加田さんは木本高校卒業後に陸上自衛隊を経て昭和49年4月、熊野市消防士として奉職。以来、平成22年に退職するまで36年余の長きにわたり消防人としての奉仕的精神を貫き、平成21年からは消防長を務めた。在職中は消防施設の整備や機械器具の強化、水防施設資材の整理等の実現に努力し、火災予防思想の高揚にも積極的に尽力。火災現場における適切な活躍や災害時における着実な行動、日常における職員の指導、施設の管理等常に消防本部の先頭に立ち、消防の最高幹部としてあらゆる面に多大な功績を残した。

 在職中は「今日出来ることを明日に伸ばさない」を信条として職務にあたった。特に多く受け持った消防車両の修理では、故障などをいち早く直さないと消防活動に支障が出るとして、可能な限りその日のうちに対応。「仕事に対して真剣に向き合う姿勢を真似されるような人間になれればいいなと思っており、自分の背中で生き様そのものを見てもらえたらと思って取り組んできました」と晴れやかに語った。

 印象に残るものとしては平成13年9月に発生した豪雨、平成9年に発生した井内浦の山林火災、平成6年に発生した新鹿での建物火災を挙げた。「新鹿の火災は在職中で最も大規模。井内浦の山林火災では隊員が1人いないことに気づき、がけ下の火元付近へ下りたところ隊員を発見したが火が回り、海側から逃げた。平成13年に御浜町などで浸水被害があった豪雨では、救助を求める住民とのやり取りの間に消防車が冠水し、川の氾濫により胸まで浸かって流されかけたが、なんとか住民ともども無事で安堵した」とし、「近年は気象情報でも命にかかわるような言葉が出てくる。そのような中で奮闘している職員や消防団員の皆さんには、感謝と合わせてエールを送りたい」と強調した。

 退職後は保護司を務め、紀伊半島大水害後には長く県道七色峡線が通行止めとなったことから、神上出張所の救護員も務めた。退職後に趣味として始めた組子は現在も続け「角度通りに切れた時の気持ち良さはこの上ない。完成した時の達成感が気持ち良いんです」と魅力を語る。

 家族は妻と2人の息子、4人の孫で、うち息子1人がUターン。うち孫2人は近所に住む。「孫の成長が生きる糧です」と笑顔。受章にあたっては「数々の先輩や後輩の支えがあって務めさせていただいたものを、代表して私が表彰していただいた気持ち。やはり妻や子どもの支えもあってのことであり、分かち合えたら良いなと思っています」と感謝した。

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