尾鷲市向井、県立熊野古道センター(宮本秀男センター長)に、熊野の歴史文化や風俗などを読み解き、考察できる貴重な蔵書が加わった。同センター理事で、元朝日新聞社論説副主幹の桐村英一郎さん(80歳、熊野市波田須町)が自身の著書や、執筆に活用した書籍、文献など1846冊を寄贈。貸し出しはできないが、同センターで閲覧、コピーは可能という。
桐村さんは2004年の定年を機に奈良県明日香村に移住。神戸大学客員教授で時事英語や国際情勢などを教える傍ら、第2の人生の挑戦として古代史研究に没頭。『もうひとつの飛鳥』『大和の鎮魂歌』『ヤマト王権幻視行』の3冊を出版した。2010年に熊野市に移り住み、黒潮がもたらす風土をテーマに古代史や文化を探求。『熊野鬼伝説』や『イザナミの王国』『熊野からケルトの島へ』『熊野から海神の宮へ』『一遍上人と熊野本宮』『木地屋幻想』など10冊を執筆した。桐村さんの書は名高い民俗学者からも高い評価を得た。
現在、桐村さんは体調を崩し、治療のため波田須町と東京を往復する生活を送っている。身辺整理や、東京の新居が手狭なことを考え、長年理事を務めた同センターに感謝の気持ちを込め、蔵書の全てを寄贈した。
贈られた蔵書は『紀伊續風土記』や『続日本記』や柳田國男全集など、歴史、哲学、民俗、地域史、文学、総記といった多岐にわたる。常々「現場を重視し、自分の目で確かめる」ことを信条とする桐村さん。宮本センター長によると、蔵書の中には付せんで埋め尽くされたものもあり、文献に残された確かな研究から検証や考察を重ねてきたことが伺える。
桐村さんは同センターに「2010年秋に三重県熊野市に引っ越し、熊野三山を中心とした熊野の歴史や民俗に挑みました。熊野・大和・伊勢、熊野と出雲、熊野と日向、それぞれの関係を調べ私なりの熊野像を作りあげようという試みです。この中で私は黒潮に興味を覚えました。そしてインドネシアの島に伝わる穀物創生神話が黒潮に乗って熊野にたどりつきムスビハヤタマとして那智大社と速玉大社の神になったという試案を提示しました。また黒潮と並ぶ世界的な暖流であるメキシコ湾流が沖を洗うアイルランド、スコットランドには大陸のケルト文化が残り熊野との共通性も少なくないことを明らかにしました。その後は一遍上人と本宮大社の関係を論じたり、熊野各所に残る社殿のない神社のルポをまとめたりしました。最近では各地に痕跡を残す木地屋について研究発表しました」などと手紙を綴り「長年理事を務めさせていただいたお礼の気持ちとして、又、身辺整理や東京の新居が狭いことなどを考え、蔵書のすべてを古道センターへ寄贈、利用者の便宜を図りたく存じます」と話している。
桐村さんの蔵書は同センター図書室にコーナーを設け、160冊程度を交代で並べていく。データベースにも登録し、検索できるようにしている。宮本センター長は貴重な蔵書の寄贈に感謝し「研究者にとって資料や本を手放すというのは大変なこと。蔵書には熊野三山や古道に関する資料もあり、関心のある方に役立てて欲しい」と話した。