熊野市木本町で「向井ふとん店」を営む向井浩高さん(57)がこのほど、三重県から「三重県伝統工芸士」に認定された。御浜町市木地区に伝わる県指定伝統工芸品「市木木綿」を唯一継承する職人として、長年にわたり高度な技術を守り続けてきた功績が評価された。
三重県は県指定伝統工芸品の製造に20年以上従事し、高度な技術・技法を保持するとともに、産業振興や次世代への継承に貢献している職人を「三重県伝統工芸士」として認定している。今年度は新たに5人が選ばれ、県内の伝統工芸士は計11人となった。向井さんはその一人で、東紀州からの認定は地域にとっても大きな喜びだ。
市木木綿は江戸時代末期に市木へ伝わり、農家の副業として広がった。明治期の最盛期には45軒の織元が軒を連ねたが、昭和40年代以降、大量生産の波に押され減少。昭和の終わりには5~6軒となり、現在は向井さんただ一人が織機を動かしている。
植物から取れる綿を用い、1本の単糸で織るのが特徴。糸が切れやすく、熟練を要するが、使い込むほどに綿本来の柔らかさが増し、通気性や吸水性に優れる。布団地にすれば蒸れにくく、肌にやさしい風合いを生む。
向井さんが市木木綿と出会ったのは約20年前。後継者のいない現状を知り、「布団も織物も糸を扱うもの。やってできないことはない」と決意した。先代の大畑弘さんから技術を学び、週1回、市木の作業場に通い続けてきた。かつて顧客宅で目にした〝100年物〟の市木木綿も、背中を押した。大切に使われ、今なお現役で息づく布を前に、「自分も100年先まで使ってもらえる物を作りたい」と胸に刻んだという。
現在は作業場を移設し、将来の継承を見据えた環境づくりも進めている。移設にはクラウドファンディングで県内外から支援が寄せられ、織機の搬出には同級生らが力を貸した。地域ぐるみの支えが、一本の糸を守っている。
向井さんは「市木木綿を始めた20年前は子どももまだ小さく、妻や家族の協力が大きかった。ここまで続けてこられたのは家族や店のスタッフ、先代や地域の皆さんのおかげ。感謝を忘れず、伝統工芸士として市木木綿を通じ東紀州の文化を発信していきたい」と話した。

